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よく通る声のベルカント 中川 伸

 私はとにかく生音が好きなので、スピーカーを経由した音を聴くような音楽会には進んでは行きません。ですから歌なら必然的にクラシックの基本であるベルカントが中心ということになります。ベルカントとはイタリア語で「美しい歌」という意味ですが、あまり厳密な定義は無く、大雑把にいってイタリアオペラには適した発声法という感じで良いかと思います。この発声法は後述するように、日本人には慣れるまで違和感があると思いますが、この成り立ちは以下のような理由があってのことだと思います。
 グレゴリア聖歌やバロックの頃はおそらく地声に近い発声だったと思います。レコードで聴いてもそんな感じです。その頃は教会の中のような環境で歌っていたことでしょうし、音楽の内容も厳かな曲でしたから、取り立てて大きな声は必要なかったと思います。しかし、音楽の形態も少しずつ人間味を帯びてきてドラマティックになってきたのと同時に、広い場所でも歌うようになってきました。すると必然的に大きな声の人がだんだんに聴き栄えするようになってきたことは容易に想像できます。
 誰でも大きな声にしたい時は、両手でメガホンのようにします。また、大きな音が出やすい管楽器はトランペットなどのようにラッパの形をしていますし、サイレンにもラッパが付いていたりします。少し専門的にいえば音響インピーダンスの整合を取ることによって、大きな音になるのです。
 声帯や唇やスピーカーの振動版といったものは空気に比べればはるかに硬くて強いのです。そこで空気のような軽いものを振動させるなら、もっと広い面積を同時に負担させても大丈夫です。つまり、狭い面積の負担だけではもったいないのです。そこでラッパは、出口の広い面積を口元にまで絞ることで、広い面積を負担させるようにマッチングさせているのです。日常ではテコや自転車の原理ともよく似ています。自転車は人間のみならず自転車までをも移動させているにもかかわらず、歩くよりもずっと楽に移動できるのは、ギア比によって強い足の力をマッチングさせているからです。強い足の力を歩くという軽い動作に使うのはもったいないのです。変速機付なら追い風ではギア比を高くし、上り坂ではギア比を低くすることで、足にとってはいつも丁度良くできるという訳です。
 そこで大きな声を出すには声帯から唇への形がラッパ状に近づけるのが良いことになりますが、地声では舌の付け根が上って狭くなりやすいので、先ずはこれを下げることによって、声が通過しやすくなります。同時に声帯の位置も下がってラッパの長さが長くなるのでより一層効果的に大きな声が出せるようになります。このような技を身に付けた人が、評判になり、そのような人に習いたい人が増え、ラッパの形状が進化していったことも容易に想像できます。ちなみに、究極のドラマティコ・テノールであるマリオ・デル・モナコは黄金のトランペットとその声質がラッパに例えられています。
 そしてオペラは大きなとコロシアム(円形闘技場)のように屋外でもやるようになっていきます。そんな過酷な状況では、トランペットなら2本で足りなければ4本にし、それでも駄目なら10本にと増やせますが、オペラのソリストは1人でがんばらなくてはなりません。また、歌がうまくなるには数十年もかかります。かといって無理をすればのどを壊してしまいます。のどを壊さずに大きな声を出しつづけることができる発声法が発展して行き、その完成型がベルカントだと私は思っています。ちなみにハスキーボイスは喉に負担がかかるので、大きな声は出せませんし、出したとしてもやがて喉が潰れてしまいますので、マイクロフォンがあっての声です。シャウトが中心のロックシンガーもやはり喉には負担がかかっていると思います。
 野球でもポテンヒットを見るよりは、場外ホームランを見たほうがスキッとします。変化球で見逃し三振を取るよりも、時速160kmの剛速球で空振りの三振を取る方が痛快です。ホールの隅々にまでピーンと響き渡る澄んだ大きな声は、同様に生理的快感があるといえます。また、高い声も同様に魅力的なので高い声を出せる人はギャラが高いのです。日本語の発音は喉の奥を使わず浅い声なので、日本人は深い声のベルカントに違和感を持ちやすいのですが、慣れれば生理的快感の虜になるかも知れません。「千の風になって」を歌った秋川雅史さんが大人気ですが、こんなことがきっかけになってベルカントに慣れる人が増えるかも知れません。
  

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